終戦の日 戦争を知らない子供たち

916SvwVj_jpeg.jpg
2aWiPZKi_jpeg.jpg
今日は75回目の終戦の日です。
昭和30年生まれの武子農場は 戦争を知らない子供たちです。
戦争の名残と言えば白い服を着た傷痍軍人が物乞いに来た事と 祖父が自衛隊を予備隊と呼んでいた事です。
白装束の人が物乞いをしている姿は よく分からなかったけど幼心にも悲しかったのを覚えています。
飢えてはいないが貧しかった でも白い服を着たおじさんには食べ物やお金をあげていた 心優しい武子家の人たち。
そんな家に生まれて良かったと思います。

父の喜一が従軍しました。
志願兵で海軍土浦航空隊の整備兵をしていました。
航空兵を志願したのですが身長が足らず 地上勤務に成りました。
終戦直前は特攻機の整備をしていました。
資源が枯渇して練習機まで特攻機に仕立てました。
父曰く あんな機体では米軍機動部隊までたどり着けないとの事でした。
まぁ壊してしまう訳ですから程度の良い機体は必要ないのですが 戦場へ行く前に海に落ちては無駄死にです。
軍令とはいえ悲しいですね。
実際機体不調で戻ってきた特攻機も有ったそうです。

爆弾を付けずに整備した機体は基地上空を数回旋回して 最後に翼を左右に振って中継地九州へ向かいました。
二度と会えない仲間を 総出で機体が見えなくなるまで見送りました。
特攻基地勤務で自分が整備した機体で搭乗員は必ず死ぬ キツかったでしょうね。
サイレントネービー 滅多に戦争の事は話さなかった父 他界して35回目の終戦の日です。
                         
    合掌 
 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント